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オリエント工業社長・土屋日出夫氏は、来場者に配られる展覧会パンフレットに掲載しているインタビューの中で「女の子に負けないドールを作りたい、そういう戦いをしている」と開発にかける意気込みを語っています。
銀座ヴァニラ画廊で『人造乙女博覧会IV』開催中、8月23日まで。製造風景や金型の展示も - Engadget Japanese (via koshian)

親が自分の要求を満たすことだけにかまけている家族を「自己愛家族」と呼びます。本来は親が子供の自己愛を満たさなければならないのに、自己愛家族では親が子供に自分の自己愛を満たしてもらおうとしています。日本では当たり前となっている、この役割を逆転させている家族は子供を心理的に虐待しています

モラハラ (via chaoslife)
マツコが24時間テレビについて聞かれたときにコメント
「愛で地球救えねーよ」
「今までに一回でも救ったことあんのかよ」
「走って何の意味があるんだよ」
暇人\(^o^)/速報 : マツコ・デラックスにウンコと言われたゲンダイ、「マツコ・デラックス早く消えろ」 - ライブドアブログ (via mxcxrxjapan)

2010-10-10

(via gkojax-text)

2012-07-03

(via mmtki)

日本には「公(おおやけ)」の思想がありません。「公」というのは何か、「公共」とは何でしょうか?

 「公園」というのは、ドイツの文学者ゲーテがつくりました。ゲーテは、封建領主や貴族が独占している美しい庭園を、「すべての社会の構成員に開放せよ」と主張して、「公園」をつくらせたのです。

 そのゲーテの思想に共鳴した世界の諸国民が、すべての学術を社会の構成員に開放しようとして、「博物館」をつくる。すべての社会の構成員に美術を開放しようとして「美術館」をつくっていく。ソーシャル・インクルージョン=「誰もが排除されないで参加することができる」、これが「公」といわれるものです。

 日本人はこれを完全に忘れていますから、「民営化しろ」と言われて、「博物館」もみんな国立大学と同じように「独立行政法人」として真っ先に民営化されたんです。

 イギリスでも絶対そんなことはしません。イギリスに行く機会があったら大英博物館に行ってみてください。入館料など取られないタダですよ。「すべての社会の構成員が排除されないで開放されるもの」、それが「公」っていうことです。

子どもの命より自動車を優先する国は日本以外にない - 「官から民へ」で国民は排除される|すくらむ (via zenrahanra) (via takaoka) (via kml) (via sunao) (via ssgrm) (via yamato) (via kotoripiyopiyo) (via mitaimon) (via ittm, otsune) (via gkojax-text) (via hidtag) (via shinjihi) (via raim2005) (via fialux) (via plasticdreams) (via yellowblog) (via bgnori)
●たとえばわれわれは「イスラエルとパレスチナの問題はアメリカに肩代わりしてもらえばいい」と暗黙の了解として思っている。いいかえれば、われわれは目立たないようにしながら、ローンの残金を払いつつ、温暖なところで祝日を楽しみたいだけなのだ。

●ところが問題は、われわれはスイスではない、ということだ。

●イギリスは特別な国であり、マグナ・カルタから大英帝国のように、言葉と法律、そして鉄道やゲーム(クリケット、ホッケー、フットボール)、そして衣服や文化に至るまで、それが生み出してきたものが達成してきたことを、世界中から尊敬の眼差しで見られているからだ。

●帝国は、前の世代に急速に終焉に向かったのだが、これこそがイラクやパレスチナ、ナイジェリア、そしてパキスタンを始めとする国々で、いまだに殺戮が続けられている原因の一つである。

●たとえばイラクというのは、1932年にイギリスが「イラク王国」として建国する以前は存在しなかった概念であり、われわれが統治する都合のために勝手にまとめあげられたものである。

●パレスチナは広域の「レバント」という地方の一部であり、オスマントルコの統治下でシリアとレバンも含んだ概念であった。パレスチナのイギリス統治は1948年に終わったが、これは聖地のユダヤ人とイスラム教徒たちの総意を得たものではなかったために、彼らの戦いは現在でも続いている。

●ナイジェリアのボコ・ハラムの問題も、北部のイスラム教徒が南部のキリスト教徒に不満を持っており、彼らは互いに歴史的に一つの国家を共有した経験を持っていないのだが、これはイギリスが1914年に北部と南部を統一しまい、しかも1960年に一つの国家として独立させてしまったことに原因がある。

●インドではパキスタンという無理のある概念の国ができる際に、百万人以上が死んでいる。それまではインド内のヒンズー教徒とイスラム教徒は静かに共存できていたにもかかわらず、イギリスは分割統治の手法をジンナーとネルーに使い、これによってわれわれは暴発寸前のインドから脱出することになったのだ。

●われわれの世代は、前の世代のように拙速になってはいけないし、われわれの政治家は怠惰になってはいけない。また、企業は緊張を避けようとして臆病になってはいけない。われわれは、自分たちの子孫に、さらに問題が山積みになって、しかもわれわれの安全を直接脅かしてくるような世界を残してはいけないのだ。

イギリスには「歴史的な過ちを正すべき」という道徳的義務がある。好むと好まざるとにかかわらず、すでにわれわれは世界の紛争の多くを(つくりあげたとは言えないにしても)間違った形で処理してきた状況を引き継いでしまっているのだ。

アメリカとのパートナーシップの下、われわれはキプリングが述べた(現在は政治的に使えない用語だが)「白人の責務」を背負わなければならないのだ。
自国の「過去」の精算すらアメリカに頼ろうとする英国 : 地政学を英国で学んだ (via futureisfailed)
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